甘辛いタレの香ばしい匂いに誘われて、気づけば手に取っていたみたらし団子。コンビニでも和菓子屋でも、年中どこでも買えるほど身近なこのお菓子ですが、その名前の由来を知っている人は意外と少ないのではないでしょうか。
実は、みたらし団子の誕生には京都の由緒ある神社と、日本史の教科書にも登場するあの天皇が深く関係しているのです。さらに「厄除け人形」との意外なつながりまであるというから驚きです。
何気なく食べていたあの串団子に、こんなにも深い歴史が刻まれていたとは——。今回は、みたらし団子の由来をひもときながら、その意外な真実に迫っていきます。

みたらし団子の由来は京都の神社にあった!
「みたらし団子」という名前を聞いて、どんな漢字を思い浮かべますか?実はこれ、「御手洗団子」と書きます。この「御手洗(みたらし)」という言葉こそが、みたらし団子の名前の由来を解く大きな鍵となっています。
御手洗とは、神社の社頭に設けられた、参拝前に手や口を清めるための神聖な水のことです。現代でいえば手水舎(てみずや)に近いものですが、かつては清らかな川や湧き水がその役割を担っていました。そして、日本全国にある神社の中でも特にこの「御手洗」で名高いのが、京都に鎮座する下鴨神社なのです。
京都・下鴨神社の「御手洗池」とは?
下鴨神社の境内には「御手洗社(みたらしのやしろ)」があり、その真下の地中から清らかな水が湧き出しています。その湧き水が満ちてできたのが「御手洗池」です。
毎年夏に行われる「御手洗祭(みたらし祭)」では、参拝者がこの池の中に足を浸して無病息災を祈る風習が今も続いており、多くの人が訪れる下鴨神社の夏の風物詩となっています。
そして、みたらし団子はこの御手洗池の水面に浮かぶ「水泡」を模して作られたと言われています。神聖な湧き水の泡を団子で表現し、祭りの前に神前へ供えたことが、みたらし団子の始まりとされているのです。つまり、みたらし団子の由来はまさにこの京都の神社にあったというわけです。

後醍醐天皇がみたらし団子の誕生に関係していた?
みたらし団子の由来を語るうえで、もうひとつ外せない存在があります。それが、鎌倉時代末期から南北朝時代にかけて活躍した後醍醐天皇です。日本史の授業でその名を聞いたことがある方も多いでしょう。実はこの後醍醐天皇こそが、みたらし団子の串に5個の団子が刺さるようになったきっかけを作ったとも言われているのです。
後醍醐天皇と御手洗池で起きた出来事
伝承によれば、後醍醐天皇が御手洗池でお清めをしようと水面に手を伸ばした際、最初に大きな泡がひとつ浮かび上がり、続いて少し間をおいて4つの泡がぽこぽこと湧き出てきたと言います。
この光景を見た人々は、その神秘的な水泡の様子を団子で再現しようと考えました。串の先にひとつ団子を刺し、少し間をあけてから残り4つを並べる——。これが、みたらし団子の「1+4=5個」という独特の串刺しスタイルの起源とされているのです。
後醍醐天皇といえば、武士の力を排して天皇中心の政治を取り戻そうとした「建武の新政」で知られています。しかしその改革は武士たちの反発を招き、足利尊氏の離反によって政権は崩壊。天皇は京都を追われ吉野へと逃れ、南朝の初代天皇として即位しました。
南北朝の動乱は1336年から1392年まで実に57年間続き、最終的には足利義満のもとで北朝側に統一されました。波乱に満ちた生涯を送ったこの天皇が、みたらし団子の由来にも名を刻んでいたとは、歴史のロマンを感じさせます。
諸説あるみたらし団子の由来
後醍醐天皇にまつわる伝承は非常に有名ですが、みたらし団子の由来にはもうひとつの説も存在します。それは「下鴨神社の境内で販売されていた串団子が評判を呼び、御手洗団子と呼ばれるようになった」というシンプルな説です。
どちらの説が正しいのかは定かではありませんが、いずれにせよ京都の下鴨神社と後醍醐天皇という二つのキーワードが、みたらし団子の由来に深く関わっていることは確かといえるでしょう。歴史と神話が交差するこの物語が、ひとつの串団子に凝縮されているのです。
みたらし団子は厄除け人形だった!?5個の団子の秘密
みたらし団子の由来には、さらに驚くべき側面があります。それが「厄除け人形」としての役割です。「えっ、あの甘辛い団子が厄除け?」と思われるかもしれませんが、実はとても深い意味が隠されているのです。
5個の団子が表す「人の体」
串に刺さった5個の団子をよく見てください。先頭にひとつ、少し間をあけて4つ——この配置には意味があります。
1つ目の団子が「人の頭」を表し、間をあけた残り4つの団子が「四肢(両手・両足)」、すなわち人の体を象っているとされているのです。団子の串が一体の人形に見立てられていたというわけです。
氏子たちが団子で厄除けをした理由
かつて下鴨神社の氏子たちは、この人形を模した5個の団子を神前に供え、厄除けの祈祷を行っていました。人の形を模した供え物で邪気を払う——これはわら人形のような呪術を想像させて少々ぎょっとするかもしれませんが、実際は純粋に無病息災や厄除けを願う信仰の形です。祈祷が終わった後は、その団子を持ち帰って食べることで、ご利益をいただくとされていました。
食べることまでが厄除けのひとつだったというのは、なんとも日本らしい風習ですね。お供え物をいただくことで神様の恩恵を受けるという考え方は、今でも神事のさまざまな場面に受け継がれています。
みたらし団子は5個?4個?地域による違いも面白い
ここまで「5個刺し」のみたらし団子についてご紹介してきましたが、実は地域によって違いがあります。関西では由来通りに5個が一般的な一方、関東では4個が主流となっています。
なぜ関東で4個になったのかについても諸説ありますが、江戸時代に広まる過程で変化していったと考えられています。
コンビニや量販店で見かけるみたらし団子も4個や5個と様々で、メーカーによって異なります。しかも由来にちなむなら1個と4個の間に隙間が必要なはずですが、市販品はほぼすべてがくっついています。歴史と現代の間に生まれたちょっとしたギャップも、また一興ですね。
ご自宅で作れる!固くならないみたらし団子レシピ
由来を知ったら、ぜひご自宅でも作ってみてください。豆腐を使うことで、時間が経っても固くなりにくい美味しいみたらし団子が簡単に作れます。
材料と作り方
【団子の材料(2人分)】 白玉粉 100g、豆腐 125〜150g
【団子の作り方】 ボウルに白玉粉と豆腐を入れ、豆腐をつぶしながらよく混ぜ合わせます。耳たぶ程度の柔らかさになったら一口大に丸めます。沸騰したお湯に団子を入れ、浮き上がってから約1分後に冷水に取り出して冷やします。
【みたらし餡の材料】 砂糖 大さじ2、しょうゆ 大さじ2、水 100ml、片栗粉 大さじ1
【みたらし餡の作り方】 すべての材料を鍋に入れてよく混ぜ、弱火にかけます。好みのとろみになる少し手前で火を止め、余熱で仕上げます。
水気を切った団子を串に刺し、みたらし餡をかければ完成です。由来にちなんで、串の先に1個、少し間をあけて4個という「正統派スタイル」で刺してみると、特別感がぐっと増しますよ。

まとめ
みたらし団子の由来は、京都の下鴨神社にある御手洗池にあり、後醍醐天皇の時代から続く深い歴史に根ざしていました。水泡を模した神前への供え物から始まり、人の体を表す厄除けの意味まで持つその串団子は、単なる「甘辛い和菓子」ではなく、日本の信仰と歴史が凝縮された一品だったのです。
次にみたらし団子を手に取ったとき、ぜひその5個(あるいは4個)の団子をじっくり眺めてみてください。串の先のひとつが「頭」、間をあけた4つが「手足」——そう思うと、なんだか食べるのがもったいなくなるような、でもやっぱり食べたくなるような不思議な気持ちになりませんか。
京都の下鴨神社を訪れる機会があれば、御手洗池を眺めながらみたらし団子をいただいてみるのもおすすめです。湧き水の泡が生んだ物語を感じながら食べるひとくちは、きっといつもより格別な味がするはずですよ。


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