関東地方の南部にある千葉県は南側半分が房総半島になっており、太平洋と東京湾を分けています。その房総半島には風光明媚な観光名所が数多くあります。
中でも、房総半島の南端にある館山市には絶景ポイントがいくつもあり、その一つが「沖ノ島」です。
沖ノ島は館山湾の南側に位置する高さ12.8m、面積約4.6ha、周囲約1kmの陸続きの無人島です。南房総国定公園の中にあり、約8000年前の縄文海中遺跡や、世界的に注目されている北限域の珊瑚など、貴重な自然が残されています。
沖ノ島は実は陸続きの島?
実は、沖ノ島は明治の頃まで海を隔てた島でした。
房総半島は有史以来隆起を続けており、その証として、海底1000mより深海に生息するシロウリガイの化石の出てくる場所があります。
また、長い年月をかけて隆起したことで、沖ノ島では時間という歴史を感じさせる地層を目の当たりにすることができます。沖ノ島が陸続きなった理由はその隆起にあり、隆起の起きた主な原因は地震です。
実際に、1923年(大正12年)の関東大震災では2m近く隆起しました。長い年月を経て、次第に浅くなった海に砂が集まるようになり、昭和の時代を迎えて陸地と繋がります。白い砂浜には、様々な色と形をした貝殻を見ることができます。
南房総を代表する陶磁器のような艶やかさと光沢を持つ数種類のタカラガイが色々なところに現れます。また、岩場にはイソギンチャクやフジツボ、カイメンが棲んでおり、小さな潮だまりの中には小魚の群れが気持ち良さそうに泳いでいます。
さらに、岩浜の波打ち際では、ヤドカリやイソガニ、ウミウシ、エビなどが暮らしています。
縄文時代の遺跡「沖ノ島遺跡」
沖ノ島には「沖ノ島遺跡」と呼ばれる縄文時代の遺跡があります。
時代としては、最後の氷河期が終わった、今から8000年~10000年前になります。沖ノ島に住んでいた縄文人は「イルカ」を獲って暮らしていました。イルカの化石とともに、石包丁として使われる黒曜石が発見されており、当時の生活がうかがえます。
また、浜辺を散策していると、「イルカの耳の骨」を見つけることができ、地元の子供には「お宝」として喜ばれています。
沖ノ島の沼サンゴ
沖ノ島では6000年前の地層から、「沼サンゴ」という珊瑚の化石が出てきます。6000年前のため、沖ノ島遺跡よりは新しい時代のものになります。沼サンゴのできた原因は「縄文海進」です。
縄文海進というのは、今から19000年前に始まった氷河期の後の温暖化による地層の上昇のことで、6000年前がピークになっています。
当時は今より海水面が2~3m高く、また気候も今より温暖だったことで約100種類の珊瑚が生息し、珊瑚礁が形成されます。度重なる海水面の低下と地層の隆起によって、標高約20mのところから珊瑚の化石が見つかっています。
その時代の珊瑚化石が「沼サンゴ」と呼ばれ、その地層が「沼サンゴ層」と名付けられています。
沖ノ島の珊瑚
沖ノ島の海は東京湾とは思えない綺麗な水の世界が広がっています。沖ノ島は日本の南岸を流れる暖流「黒潮」の影響を受けるためか、南の島で見られる生物を観察することができます。
例えば、キクメイシやニホンアワサンゴ、エダミドリイシ、イボサンゴ、トゲイボサンゴなどが生息しており、日本における北限域の珊瑚まで目にすることができます。
また夏になると、真っ青なソラスズメダイやツノダシ、クマノミ、オヤビッチャ、カゴカキダイなど、まるで南洋の海に来たかのようです。
沖ノ島はシュノーケリングで珊瑚が観察できる貴重なフィールドになっています。シュノーケリングで珊瑚を観察する体験ツァーを楽しむこともできます。
まとめ
沖ノ島は単に景色が美しいだけではなく、太古の昔から残された自然の姿が見ることができます。それは海だけではなく、島全体に広がる自然の森も同様です。
森の中は生い茂る枝葉によって陽の光が遮られており、昼でも薄暗く感じます。そこでは、タブノキやシロダモ、マサキなどの暖温帯の植物を数多く確認できます。
ちなみに、沖ノ島では多くの洞窟を見ることができます。洞窟は自然にできたものではなく、戦争の名残です。館山は東京湾の入り口に位置するために見張りの場所として使われ、その時に掘られた洞窟が現在も残っています。
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